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高松高等裁判所 昭和47年(け)5号 決定 1972年8月09日

主文

原決定を取消す。

松山地方裁判所西条支部が昭和四二年九月二九日になした保釈許可決定により納付されている保釈保証金中二〇〇万円を没取する。

理由

本件異議申立の趣意及び理由は、各異議申立書に記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

当裁判所は、甲天春に対する詐欺被告事件の刑事記録、本件保釈保証金没取請求事件記録並びに当裁判所が昭和四七年(け)第三号事件につきなした事実取調の結果等を調査検討し、右異議申立の当否につき次のとおり判断する。

一  申立人甲天春は、昭和四二年九月二九日松山地方裁判所西条支部で詐欺罪により懲役三年六月に処する旨の判決言渡を受け、同日控訴の申立をするとともに、保証金三〇〇万円で保釈(再保釈)を許可され、内金二七〇万円は弁護人であった申立人浅野康名義でこれを納付し、残金三〇万円は、保証書を以て現金に代えることの許可を受け、申立人乙野一郎の保証書を差し入れたうえ、引続き保釈出所中の者であった。

ところが甲天春は、昭和四七年四月二八日高松高等裁判所第一部で右詐欺事件につき不出頭のまま控訴棄却の判決宣告を受け、右判決は昭和四七年五月一三日確定した。

そこで高松高等検察庁の検察官は、まず右控訴棄却の判決による保釈の失効を理由に甲天春を収監しようとしたところ、同人が制限住居に居住せず、かつその行先も不明であったため右判決確定までに収監できなかった。よって同検察庁検察官は、甲天春が刑の執行を免がれるため逃亡したものと判断し、右判決確定後の昭和四七年五月二三日刑訴法九六条三項により保釈保証金全部の没取請求をなし、高松高等裁判所第一部は同請求を認容し、同年五月二九日保釈保証金三〇〇万円を没取する決定をしたものである。

本件はこの決定を不服としてなされた異議申立であるが、申立人甲は右決定を受けた本人として、同浅野は保釈保証金の納付者として、いずれも原決定の取消を求めているものであり、申立人乙野は保証書差出人として原決定中同人の保証にかかる三〇万円に対する部分の取消を求めているものである。

申立人らの異議申立の理由は要するに、甲天春は保釈の条件である住居制限に従わなかった事実はあるが、刑の執行を免れるため逃亡したものではなく、受刑を覚悟し身辺の整理をしていたもので、多少時日を経過したものの昭和四七年六月一日には自ら名古屋地方検察庁に出頭し、収監されているので、甲天春が逃亡したものとしてなした原決定は失当であり取消を免れない。なお、仮に甲の行為が逃亡に該当するとしても右事情は決定にあたり十分斟酌されるべきものである、というのである。

二  よって進んで甲が逃亡したかどうかにつき考えるに、当裁判所がなした事実取調の結果によると、甲天春は、前記のとおり松山地方裁判所西条支部で懲役三年六月の判決言渡を受けて控訴中、昭和四三年三月一二日名古屋地方裁判所で別の詐欺事件により懲役二年四月の判決言渡を受け、同判決は控訴、上告を経て昭和四四年三月二日確定したが、(この点は名古屋高等検察庁検事長の収監請求書謄本により認定する。)甲天春は同年二月ごろ、右刑による収監を免れるため、妻子にも告げずに従来の名古屋市○区○○町×丁目××番地の住居(保釈の制限住居)を立ち去り、同市○区○町の仕事仲間である大河内某の家に身をかくし、収監を免れていたものであり、妻と連絡の必要があるときは電話を以て甲の方から一方的に連絡し、妻の方から甲に連絡する手がかりはこれを封じていたものである。

かくて昭和四六年一〇月二八日高松高等裁判所の第一回公判が開かれ、被告人不出頭のまま審理が行われて結審となり、昭和四七年四月二八日の第二回公判で前記判決が言い渡されたものである。そしてこれら公判期日の召喚状は、いずれも前記名古屋市○区○○町×丁目××番地の元の住居にあてて送達され、甲天春の妻子らが同居者としてこれを受け取り、その都度一日ないし数日遅れで、電話で連絡して来た甲にその期日が知らされ、さらに同年五月上旬甲が家に帰った際、右判決の結果は控訴棄却であった旨妻から同人に知らされたものである。

ところで名古屋地方検察庁検務一課令状係の検察事務官内山大三は、高松高等検察庁からの保釈失効による収監指揮嘱託に基づき、同年五月八日ごろと同月一一日ごろの二回に亘り甲天春の所在捜査並びに収監のため前記○○町の留守宅を訪れ、甲の所在を調査したが判明せず、また同月九日ごろ申立人乙野一郎に甲の所在を聞いたが判明せず、結局判決確定までに甲を収監できなかった。そして甲天春は右のように検察官が同人の所在を捜査していることをその後同月中旬ごろ聞知したものである。

さて甲天春は、申立人乙野一郎や妻丙花子のすすめもあり、服役は覚悟していたが、身体が虚弱であることや、仕事の方の残務整理もあってふんぎりがつかず、所在をくらましたまま日を過し、昭和四七年五月二八日収監を受ける決心で親族一同と会し別離の酒宴をしたものの、その後もなおじんぜんと日を過し、同年六月一日留守宅に電話して保釈保証金が没取される旨聞知し、あわてて同日名古屋地方検察庁に出頭したものである。

そこで考えるに、甲天春は前記名古屋地方裁判所で言渡を受けた懲役二年四月の刑の執行を免れるために逃亡していたもので、本件の松山地方裁判所西条支部言渡の懲役三年六月の刑の執行を免れるため新たに逃亡の行為をなしたものではなく、刑訴法九六条三項の逃亡には該当しないようにも考えられる。しかし甲天春の逃亡の直接の目的が別件による刑の執行を免れるためであったとはいえ、同時に本件保釈の条件として定められた住居制限に違反して逃亡したものであり、かつ前記認定のように本件詐欺被告事件につき高松高等裁判所が控訴棄却の判決をしたことを知り、その結果当然自己に対する新たな追求が開始されることをも知りながら依然としてその所在をくらまし、検察官が取り敢えず執行しようとした保釈失効による収監を不可能にし、ついで判決確定後もその状態を持続し、検察官としては執行のため呼出を為さんとするもその所在が判明しないため呼出し得ない状態であったのである。

おもうに、刑訴法九六条三項は「保釈された者が、刑の言渡を受けその判決が確定した後、執行のため呼出を受け正当な理由がなく出頭しないとき、又は逃亡したときは、検察官の請求により、決定で保証金の全部又は一部を没取しなければならない」と規定し、また同法四八四条は「死刑、懲役、禁錮又は拘留の言渡を受けた者が拘禁されていないときは、検察官は、執行のためこれを呼び出さなければならない。呼出に応じないときは、収監状を発しなければならない。」と、同法四八五条は「死刑、懲役、禁錮又は拘留の言渡を受けた者が逃亡したとき、又は逃亡する虞があるときは、検察官は、直ちに収監状を発し、又は司法警察員にこれを発せしめることができる。」と各規定している。そしてこれらの規定の趣旨から考えると、右刑訴法九六条三項の逃亡には、刑言渡の判決が確定した後になって所在をくらまし逃亡するに至った場合に限らず、判決確定以前にすでに所在をくらまし、右判決の確定を知った後も引続き逃亡を続ける場合をも含むと解するところ、本件において甲天春は前記のとおり昭和四四年二月ごろ保釈の住居制限に違反してその所在をくらまし、そのため検察官は昭和四七年四月二八日実刑判決言渡後も同人を収監し得ず、拘禁されない状態で判決の確定を迎えたが、判決確定後も検察官の追求を免れ、刑の執行を自己の好む時期まで勝手に延期する意図の下に、自己の所在を秘匿して明かさず、従前の逃亡状態を持続したものであるから、これを逃亡と解するに何の支障もないものと考える。

従って原決定には事実誤認又は法令の解釈適用の誤り等の違法はないものといわなければならない。

三  しかしさらに考えてみるに、前認定のように甲天春は家人から実刑判決のあったことを聞き、本件判決確定後いずれは服役しようと覚悟をきめ、緩慢ながら残務整理等をなし、出頭の時期を考えるうち、結局昭和四七年六月一日自発的に名古屋地方検察庁に出頭して収監されており、他面現金で納付した本件保証金二七〇万円中二五〇万円は、同人の実弟である申立人乙野一郎が立替え出金したものであり、同人の甲に対する監督並びに検察官に対する協力に多少十分でない点があったとしても保証金三〇〇万円全部を没取し、同人に多大の損害を与えることはいささか酷であると考えられ、保証金の一部はこれを返還するのが相当であると考えられるので、原決定は相当でなく、この意味で本件異議は理由がある。

よって刑訴法四二八条二項三項、四二六条二項により原決定を取消したうえ、諸般の事情を考慮して本件保証金中現金で納付した二〇〇万円を没取すべきものとし、(現金七〇万円及び三〇万円の保証書は返還すべきもの)主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 目黒太郎 裁判官 宮崎順平 滝口功)

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